2010年04月16日

リーダーでこれだけ違うという例

 薄煕来さん効果。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成22年(2010年)4月16日(金曜日)通巻2941号
青海省玉樹県大地震より共産党幹部の心理を揺らした事件とは
 重慶司法局長兼マフィアのボス兼高利貸しの元締めに死刑判決

 重慶の政変劇もいよいよ終盤戦。
 1500余人を一斉に逮捕し、数百を起訴に追い込んだ重慶の綱紀粛正キャンペーンで、最後の大物=文強(元重慶司法局長兼任)に死刑判決が下った。
 中国全土の庶民は、このニュースに快哉をあげた。共産党幹部の多くは沈黙した。

 4月14日、重慶第五中級人民法院は、前の司法局書記兼局長だった文強に死刑を言い渡し黒社会の犯罪をかばい賄賂を受け取り強姦をなした罪により全財産を没収するとした。

 従犯の黄代強(前刑事警察総隊副隊長)には収賄、マフィア犯罪黙認などにより20年の懲役。個人資産30万元を没収のほか、罰金220万元。
 同じく趙利明(前交通治安副隊長)は懲役17年半。個人資産10万元没収。
 同じく陳涛因(前公安総隊副隊長)は懲役19年半。個人資産10万元没収。

 かれらは司法公安警察の大幹部でありながらマフィアや犯罪組織と深く繋がり犯罪を黙認し巨額の賄賂を得ていた
その夫人や情婦らは高利貸し売春宿の経営などありとあらゆる闇のビジネスにも手を染め、重慶特別市の夜の世界に君臨した。

 まさに重慶では、いや重慶でも長谷川平蔵と石川五右衛門は同一人物だったわけだ。

 日本の無法地帯、六本木や渋谷を取り締まらないのは誰の差し金か。薬物で芸能人を引っ張る程度でお茶を濁す日本社会。政局であろうがなかろうが、患部を摘出できれば良いのである。中国の方がマシではないか?

posted by あんぽんたん at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

対岸の火事ではないタイ

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成22年(2010年)4月15日(木曜日)通巻2939号(4月14日発行)
タイの赤シャツ部隊の黒幕はタクシン前首相だが、その背後は誰だ
 タイの政変で日本人カメラマンが狙撃された。この狙いは?

 タイ政治の暴力の主役は軍ではなく赤シャツ部隊だった。
 赤シャツは「反独裁民主戦線」とかを名乗り、アピシット現政権打倒が目的である。
 構成員はタクシン前首相を熱狂的に支持する地方からの農民、低所得者が主体の「組織」とされ、この黒幕はいうまでもなく外国に亡命しているタクシンだが、さらにこのバックにいて軍事作戦に秀でているのは軍の反主流派と推定される。
しかし、その背後には誰がいるのか?
 もともとタイの政治は穏やかな仏教徒という表の顔と裏には華僑と軍が組んだ独特の汚職体質暗い部分がある
 権力中枢はつねに暗闘が渦巻いており、表面的な分析はものの本質を見誤りやすい。

▲タノム追放の学生革命とて背後には華僑がいた

 1973年におきた学生革命は数百の犠牲があった。筆者はすぐにバンコックへ飛んで、昂奮気味の学生を取材し「百年遅れの明治維新」と書いたら、我が師林房雄から「拙速判断にすぎないか」と釘を刺された。
 軍が学生デモに水平に発砲し、死体を下水に埋め、あまりのことに国際批判がおきた。タノム首相は海外へ亡命し、学生が突如「英雄」となり、しかし一年後にタイ全学連は四分五裂の内ゲバ、今度は学生指導者が海外へ亡命した。

 その前のタイ学生運動は発火点が反日」である。
 1972年、バンコックに進出した日本のデパートを疎ましくおもった華僑が秘密裏に資金を出し学生を煽った。田中角栄の訪問でタイに反日暴動がおきた裏側にいたのはタイに溶けこんで政権と癒着した華僑だった

 このおりも筆者はタイに赴いて学生指導者と会ったが、殆どが華僑の息子達だった。つまり学生運動の主役等はエスタブリシュメントの子供達だったのである。

 タイ先住民と少数民族(カチン、カレン族など)は経済的に恵まれず、華僑や華人の子らがいく大学へ入れず、職業訓練校や専門学校につどう。
 だから「タイ全学連」なるものは主流派エリートと反主流に鮮明に別れ、殺し合いも演じた。警察や軍はタイ族主流のため、エリートに反発していた。この構造はいまも変わらない。

▲赤シャツ部隊にはタクシンから豊富な資金が流れ込んでいる

 赤シャツ部隊はタクシン元首相が農村部にカネを蒔いて買票した結果であり、タクシンそのものは世界有数のビリオネア、貧乏人への同情など希薄である。

 経済と流通を牛耳る華僑はまとまっていない。
華僑、華人はタクシン派と反タクシンとに別れ、06年には黄色いシャツを着たグループが示威行進におよび、軍がクーデタを起こしたため、タクシンは海外へ逃れた。
 このとき、民衆は軍のクーデタを支持した。

 さて今回の赤シャツ部隊タクシン支持派は軍にむかって発砲した!
 逆さまである。
 実態はデモ隊にまぎれこみ武器を潜していた軍人反主流派軍の治安部隊へ発砲したらしい。十数名の犠牲(殺された軍人のなかには副参謀長も含まれる)、重症の大多数は軍人であり、日本人カメラマンが流れ弾<?>、それとも意図的に撃たれた可能性が残る。
 
 繰り返すが、タイ経済を牛耳る華僑は一枚岩ではない。ばかりか縦横無尽に分裂している。

 タクシンは客家系で父親は警官から下院議員となったたき上げ、タクシン本人も警官から米国へ留学し、警察内部の出世街道にのったものの次々と事業に失敗、最後の一か八かを通信ビジネスへの進出で大当たり、政治家デビューは1994年。自身の政党「愛国党」は2001年に設立し、北京にも支部がある。親米親中派だ。

 アピシット首相は華僑の名門。そもそも英国生まれ、オックスフォード大学卒業、タイへ帰国しても弾サーと大学教授と、根っからのエリート、両親は医者という名家。
 政治家デビューは1992年、民主党。親英派

 図式的に見ればタクシンvsアピシットの根の深い対立構造があり、ちとやそっとで解決できたり、一夜にして政治の流れがかわるという状況にはない。

 タイの正月に内戦の様相。さもありなん。中国人にとっての正月である春節はとっくに終わっている。

posted by あんぽんたん at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

日本が開かれないワケとは

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 このように、日本国内に住む外国人が反日本運動を続けるもんだから、真っ当な日本人は日本国土がグローバル化する事に不安なんです。これから日本に来るニュートラルな外国人には申し訳無いけど、これが日本の現状ですわ。
posted by あんぽんたん at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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