2011年03月01日

エコノミスト、中国33省のGDPを各国と比較

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成23年(2011)2月27日(日曜日)通巻第3253号

中国は江蘇省一省だけでスイス一国のGDPに匹敵
 33省ぜんぶの省別GDPを各国と比較してみた

 世界第二位のGDPに躍進した中国も沿海部と山岳部、砂漠では一人あたりのGDPは天地の開きがある。貧富の差は開く一方である。

 さて英誌『エコノミスト』が面白い企画を実行した。中国全33省を省ごとに区切って、そのGDPを世界の国々と比較するとどうなるかというわけである。
 以下33の内訳である。
 
黒竜江省 ウクライナ(つまり黒竜江省のGDPはウクライナ一国のGDPと等しい)
吉林省 カタール 
遼寧省 UAE(アラブ首相国連邦)
河北省 コロンビア
北京市(※) フィリピン
天津市(※) ハンガリー
河南省 タイ
山東省 スイス 
江蘇省 スイス
浙江省 オーストリア
上海市(※) フィンランド
福建省 アイルランド
香港特別行政区 エジプト
マカオ特別行政区 パナマ 
広東省 インドネシア
海南省 ケニア
広西チワン族自治区(※) クエート
貴州省 リビア
安徽省 パキスタン
江西省 カザフスタン
湖北省 ナイジェリア
湖南省 シンガポール
四川省 マレーシア
重慶市(※) カタール  
陝西省 アルジェリア
雲南省 ベトナム
チベット自治区 マルタ
青海省 ボリビア
新彊ウィグル自治区 リビア
内蒙古自治区(※) チェコ
甘粛省 クロアチア
寧夏回族自治区(※) エチオピア 
山西省 ハンガリー
(エコノミスト、2月26日号)

(※原文にあった呼称を修正しました)

以上、備忘録として。

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2010年07月15日

格付けそのものの信用が破壊されていくのかも

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成22年(2010)7月15日(木曜日)通巻3022号 
中国の格付け機関が投資戦略のシフトをうながし、多元化を示唆
 それでも米国債に9000億ドル、日本の国債は、その百分の一に過ぎず

 世界三大格付け機関といえば、S&P(スタンダート・プア)、ムーディズ、フィッチである。
世界中の国と地域が発効する国債、地方政府債、社債の信用力をランキングつけし、機関投資家に、その情報を提供する。日本の銀行の格付けを劇的に意図的に下げて、欧米の格付け機関は日本の金融不況を側面から促進した形跡もあり、一部投資家には「格付けが意図的、政治的」と批判する向きもある。

 この信用を第一とする核付け機関の列に中国が参入してきた。

 中国に同類の格付け機関が誕生したのは1994年。その名を「大公国際資信評価有限公司」(英文名DAGONG)という。
 これまでは目立つ活躍もなく、世界の投資家にはその存在さえ知れ渡っていなかったうえ、中国がありあまる外貨を資本に国家の投資企業(CIC)を立ち上げたときも、アドバイザー役と果たした訳でもなければ、同機関がブラックストーンなど米国の荒っぽいヘッジファンドに30億ドルを投資し、失敗しても同行からの発言は聞こえてこなかった。

 俄然、注目をあびたのはリーマン・ショック、ドバイ・ショック、ギリシア・ショックとたてつづいた金融不安に直面し、中国が真剣にポートフォリオ変更に歩み出したからである。

 つまり米ドル中心の米国債への集中投資パターンの組み替えだ。

 多元的に世界をみわたし信用の高い金融商品に投資し、ドル基軸、米国中心主義という路線を戦略的にシフトさせ、米ドルユーロ英ポンド日本円から、さらには豪ドルスイス・フランへも保有する通貨を多極化させた。

 日本で注目されたのは2010年に入ってから中国が猛烈に日本の国債を買い始めたからである。
 しかい米国債に投資した9000億ドルと比べれば、日本の国債保有は、その百分の一に過ぎず、脅威視するには時期尚早だろう。

 投資対象の多元化、通貨保有の多極化というポートフォリオの組み替えは、西側のファンドなら皆が行っている日常業務だが、これまでの中国の投資行為は基本的に政治であり外交の手段であり、対米投資が重点だった。


 ▲いかなる政治判断でランク付けをおこなったか?

 さて大公国際資本信用評価有限公司だが、設立の主意を改めて読んで驚いた。
 「国際社会における中国の信用力を高め中華民族の復興が重大目標である」としているから、一国中心主義、自己本位。これでは客観的評価ができる筈がない
 
 ちなみに同行が最近発表した国別評価は次の通り(アルジャジーラ、7月15日)。

 AAA  スイス、デンマーク、ルクセンブルグ、シンガポール、豪州、ノルウェイ等
 AA+  中国、ドイツ
 AA   米国
 AA−  日本、フランス、英国、韓国
 A−   チリ、ベルギー、スペイン、南ア、露西亜、エストニア、マレーシア、
イタリア、ポーランド、ブラジル、ポルトガル、イスラエル等

 この評価は専門家からみても「政治的配慮」がまだまだ強く全面出でている。
そればかりか、中国の国債、社債の信用力が日本のそれより2ランクも上になっており、ユーロ危機で破綻した「ギリシアの次」と危険視されるイタリア、スペイン、ポルトガルがそろってA−のランク入りしているのも、どうみても尋常なる評価とは考えにくいだろう。

 現在、中国が保有する米国債」は9002億ドル(ヘラルドトリビューン、7月15日付け)、ただし長期債を七年以内の中短期債権にシフトさせている。これは次の中国の投資行動の一種のシグナルであろう、と観測されている。

 客観性を加味した対外的に発表する官製格付けと、自分達の為の真の調査格付け。格付けというよりも諜報機関の類。

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2010年07月01日

国民総諜報工作員、ならばきちんとそういう扱いしましょう

 現代の戦争は金融も含めた情報操作戦。だから日本は強い経済力を「戦力」としてきた。しかしその「戦力」は弱体化し、何より、士気が低い。欧米式の個人主義という嘘まやかしの言葉に騙され、今も信じ込んでいる似非自由主義者はしらっと「海外に逃げる」などと言う。よく噛み締めてほしいもんだ。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成22年(2010)7月1日(木曜日)弐 通巻3008号 
中国、国防動員法を施行(7月1日より)
 国防緊急対応のための国民総動員、戦略備蓄、予備役招集など

 7月1日より「国防動員法」が中国で施行された。
つまり国家非常事態における国民総動員を法律によって規定し合法化」したシロモノで、外国に住む中国人も適用を受ける百万近い在日中国人も長野五輪紅旗動員事件のように強制動員が可能となる。

 もとより国防動員法は、単独で審議されてきた法体系ではなく、1997年の全人代にさかのぼる。第十五回全人代は「2010年をメドに中国の特色ある社会主義的法律体系の確立」がうたわれた。
 これらは憲法を基軸に民法、商法、経済法、刑事訴訟法にくわえて地方行政規律などを「総合的」に「有機的に」統一しようとする目的が掲げられ、2000年九月に起草作業が開始された。

 起草開始から九年後、09年4月の全人代常務委員会は「国防動員法」の概要について起草状況にふれ、「国防動員体制戦略備蓄国防関連法の整備ならびに国防建設プロジェクト予備役軍事科学戦争災害救助ならびに予防宣伝」などからなり、指揮系統が決められるだろうとした。

常務委員会の草案では「主権、統一、領土保全、安全」が脅かされた場合、直ちに対応措置が執られることが決められた。

2010年2月26日、国防動員法が決定された。
世界に向けて発表されたが、日本のマスコミは殆ど黙殺した。最大の着目点はこの国防動員法に金融が筆頭の課題として登場したことだった。

▲戦争の準備はいつでも出来た、と豪語したのだ

 同法の着目点は、戦略備蓄の強化と国際金融危機、つまり金融災害(リーマン・ショックやアジア通貨危機のような)に際して、この法律が適用されることである。

 危機に際して国務院と中央軍事委員会に指揮系統が集中され、十八歳以上の国民は男女を問わず、全員が法の適用をうけ、その対象は外国に住んでいる中国人を含むとされた。

 中国の銀行、証券、保険の倒産、債務不履行や株価暴落、あるいは人民元乱高下によりマーケットのパニックがおきた場合、軍隊が動員されて銀行を管理下におくことも法律的に可能となり、同時に注目に値するのは、この国防動員法制定と平行して、中国は人民元国際化の工程表を発表したことである。

 すなわちリーマン・ショック直後から事実上の人民元固定相場堅持、貿易の弐国間決済、通貨スワップ制度の導入にくわえて東アジア全般での人民元経済圏の構築、そのうえに立って2013年までに人民元を「SDR通貨バスケット」に加盟させること、つまり1−3%程度の国際決済は人民元で行われることになるという、遠大な計画を中国は世界に向けて公言したのだ。

 この動きを受けたIMFのドミニク・ストラウ・カン専務理事は「人民元はれっきとした通貨であり、IMFのSDR通貨バスケットに加入する権利はある」と述べた(朝日新聞英語版、7月1日)。

posted by あんぽんたん at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

経済を突き詰めると渉外能力に行き着く

 宮沢さんは経済のプロだった。賛否は別にして、今頃現実が追いついて来ている。経済のプロ政治家が今の内閣には居ないと思う。与党内で経済に明確な理論を持っていたのは藤井さんだけだったと思うが、それを切ってしまった民主党の愚かさ。経済の指針を是非でなく有無で問わなければならないとは情け無い。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成22年(2010)6月23日(水曜日)通巻3003号 
巧妙な、あまりに巧妙な中国の人民元切り上げ圧力回避演出
 トロントG20の喫緊議題から「人民元切り上げ」論議を外した

 週末のG20(トロント)ではユーロ危機の対応と銀行間の国際的規制強化が議題となるが、人民元問題は巧妙に外された。胡錦濤はカナダへ先乗りし、事前工作を周到に根回ししたようだ。

 オバマ政権は切り上げのジェスチャーにともかく満足し、ガイトナー米財務長官は「中国の迅速でダイナミックな決定が事態打開におおきく動いた」などと中国を高く評価する。まるでおべんちゃらのようだ。
「インド、ブラジルなどの『人民元の切り上げペースが遅い』という批判も同時に中国はかわした」(NYタイムズ、6月23日)。

 とりわけ米議会からの人民元切り上げ圧力に対しての、北京の素速い対応は、20日、唐突に変動枠を0・01%から0・5%へと変動させると発表したことで、国際的な投機筋の足下をすくった。

直前までに投機筋は人民元の切り上げを見越して、韓国ウォン、香港ドルなど人民元の「周辺」の通貨を仕掛けてきた。
 韓国とタイは短期の通貨取引に規制をかけて対応した。

 21日に中国の為替市場が開かれると、予想に反して人民元の切り上げのペースが弱く、0・5%枠内に収まる。推測だが、おそらく猛烈なドル買いを中国当局がおこなった結果だろう。

 つぎなる問題はAFM(アジア通貨基金)に移った。
 もともと97年アジア通貨危機に直面したおり、日本がIMFだけではアジア経済を資金的に円滑化することはできないうえ、通貨変動の混乱調整に期待がもてないと、宮沢構想(アジア通貨基金の構築)を提唱した経緯がある。

 最初のG7が70年代の石油危機により設立されたようにG20は1997年のアジア通貨危機の教訓から誕生した。
 ながらく休眠したが、08年のリーマン・ショック直後から再開し、ピッツバーグ、ロンドンと場所を移しながら重要課題と国際責任を加盟国が分かち合う。 


 ▲日本の主導に不快感をしめるのは米国と中国だ

宮沢構想ではIMFの地域版としてのAMF(アジア通貨基金)設立だったが、米国への根回し不足により、クリントン政権は「APECが既にあり、IMFが機能しているのに屋上屋を重ねるかのような『AMF』は不要だ」と露骨に反対し、日本案は頓挫した。

じつは背後で強烈に反対したのは中国だった。
中国は日本のイニシアティブにはすべて徹底的に反対するのである。05年、日本の国連常任理事会入りを露骨な反日デモを組織化して反対し、つぶしたように。

 しかしASEAN10ヶ国は日本の期待が大きく、宮沢構想が変形し、おおきく迂回したものの、その後のチェンマイ・イニチアティブにより「アジア通貨基金」の実務的第一歩として、情報網、監視機関の設立がなされ、具体的ステップが始まる。
 
 2009年に合意されたAMF構想は1200億ドル。
出資額の応じた投票権は日中が対等(それぞれ28・4%)、韓国が14・7%,そしてASEAN正式メンバーの十カ国が残りの28・4%を分け合う(シンガポール、インドネシア、マレーシア、タイが対等のシェアとする)。

 域内のマクロ経済調査研究所をシンガポールに設立し、財政、資金調整などを監視し、タイミングを計った提案を適宜提出することが決められた。そしてEUからユーロへの沿革があるように、アジア統一通貨も視野にはいった筈だった。
 ところがアジア統一通貨はユーロの破綻により、現在のところ、語る人もいなくなった。

しかも、この間に際立って露呈した矛盾は、各国が変動相場制に移行しているにもかかわらず中国だけがドルペッグ(固定制)を変更していないということだった。

 さらにインドが経済力を急進させて南アジア経済をゆらす影響力をもち、もうひとつはミャンマーの孤立化と中国の支援、川下産業として繊維などで発展するバングラデシュの台頭。
ASEANプラス3(日中韓)はかような矛盾を束にしながらも、或る方向に前進しつつある。


posted by あんぽんたん at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

輸出組は良いが、投資組は撤退しようにもにっちもさっちも行きません

宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成22年(2010)6月21日(月曜日)通巻3001号(三千号突破記念号)
さぁ、人民元がいよいよ今日から切り上げ。年内3%目標というが
 0・01%から0・5%(一日の変動幅制限)では、米国もIMFも不満

 ビッグニュース。2010年6月20日、午後(つまり日曜日)、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は記者会見し、21日の取引開始時間(日本時間、21日午前十時)より、中国の通貨=人民元の対ドルレートの変動幅を、過去二年間厳重に制限してきた0・01%から0・5%に変動させるとした。

 2008年9月のリーマンショック直前まで、人民元は「管理された、変動相場制」だった。05年7月1日に2・1%の切り上げの後、徐々に徐々に人民元の為替レートは上昇してきたものの、リーマンショック以後の二年間はほぼ「固定」されたままだった。

 米国は中国に強く人民元切り上げ圧力をかけてきたが、北京はどこ吹く風と批判をそらし、通貨は主権問題、外国からどうこう言われて(日本のように)為替レートを変化させたりはしない、と突っぱねた。

 米議会の怒りは強く、NY選出(ウォール街の代弁者)のチャールズ・シューマー上院議員は人民元の30%の切り上げを要求し、「もし中国が飲まないのであれば、中国からの輸入品すべてに一斉に27・5%の『報復関税』をかける法案を準備してきた。

ナンシー・ペロシ下院議長も『我慢の限界』と言明していた。IMFは『人民元は20%程度、過小評価されている』と報告書をだし、オバマ政権内部でも「これ以上、議会の声を対中政策に反映しないのはまずい」という判断に傾く。

そして先週(6月第三週)、香港の人民元先物取引で、人民元レートが上昇傾向に転じた。マーケットが地殻変動の予兆を示し、ついに日曜日という異例のタイミングを撰んで切り上げの発表となる。

年内に3%切り上げという観測が根強いが、市場はいったん切り上げ傾向となれば、毎日0・5%の範囲内で上昇傾向がつづくであろうから、けっきょくは年内5%以上に結果するのではないのか。

 行くも地獄、戻るも地獄。
 官製デフレを起こさなければならなくなったのだが、よくよく考えれば、偽札を、撲滅するまで行かずとも、それなりに取り締まるだけでそれに近い効果が有るんじゃないか?と、ふと思った次第。

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2010年05月25日

日本はどんどん置き去られていきます

宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成22年(2010年)5月25日(火曜日)通巻2975号 
米中「経済戦略対話」は、事実上のG2、経済より政治を優先対話
 クリントンは日本に立ち寄ったが、ガイトナー財務長官はまた頭越し

 日本に三時間だけ立ち寄って不気味な愛想を振りまき、急いで機上の人となったヒラリー・クリントン米国務長官は北京にいる。
 24日から人民大会堂ではじまった「米中戦略経済対話」に出席するためだ。

 上海万博を皮切りに五日間、ヒラリーの中国訪問は、200名の財界人を同道している!
 ガイトナー財務長官も。迎え入れる中国側のボスは王岐山・副首相だ。
王岐山はリリーフ投手として豪腕をふるい、近年は対米経済政策の中心人物と見なされており、端倪すべからざる指導者である。

 もっとも上海万博のアメリカ館はおそまつなモノで、日本館にくらべると見劣りがするという。

これは上海万博に積極的ではなかったアメリカ館の建設を昨年訪中したヒラリーが、「やってみましょう」と北京に確約し、しかし米国では国家予算は取れず、ヒラリーがかけまわってコカコーラなど中国進出企業から拠金を集め、それでも足りず、ヒラリーの選挙マシンを駆使して、建設資金を工面した経緯があり、ヒラリーにとっては思い入れが深い。

ともあれ小沢訪中団は600名だが、クリントン訪中団は実力をともなったビジネス・エグゼクティブを同道しているから北京の扱いも丁寧。

 この米中戦略経済対話とは、当初は「経済」政策だけをはなしあう機会として設定されたが、昨年から様変わり。
事実上のG2の機能を果たしている。すなわち米中が「世界秩序」「世界経済」を話し合い、イラン、北朝鮮、ユーロ問題を討議しているからだ。

 「しかも昨年からは従来の、米国が北京に対して世界経済秩序や規則を説得するというスタイルが豹変し、米国に中国が説得するという逆の図式になっている。それもこれも中国の外貨準備高を米国が見守っているからだ」(キャサリン・マクラーリン『グローバルポスト』、5月24日付け)。

 「ガイトナー財務長官は、演説の中に人民元切り上げ要求を挿入しなかった」(ヘラルドトリビューン、5月25日付け)。


 ▲胡錦濤がいきなりでてきた

 中国側は冒頭に胡錦濤が演説し「人民元改革は緩やかに」と先制のパンチを浴びせた。そして米国はアジェンダから人民元問題をとり払った。

 「ヒラリーは米中が世界の未来を創世すると演説した」(在米華人の『多維新聞網』、25日)。
 続けて、「両国はイランの核、北朝鮮の引き起こした韓国哨戒艦沈没、ギリシア債務危機、貿易不均衡等の問題で緊張しているが」としたうえで、ヒラリーは中国古代の詩を引用して会場を和ませた、と同紙が報道している。

 「山窮水尽疑無路、柳暗花明又一村」(ヒラリーが引用。同紙)。

 ガイトナー財務長官は、人民元切り上げ要求を一切述べず「公平な貿易」と抽象的曖昧な語彙を選んだ。(ウォールストリートジャーナル、24日)

 ようするにG20のシステム化に中国は協力すべきであり、さらには公平な貿易の確率には創造性がなによりも必要と間接的に中国を批判したのだが、直接表現を避けたということである。

 肝心の北朝鮮とイラン制裁でも中国は国連にその解決の場をゆだねることに同意しながらも、積極的な制裁姿勢を一切見せなかった。
 米中関係はかくも様変わり。ヒラリーの頭の中では、三日前に立ち寄ったばかりの日本のことを「なんと御しやすい国か」と感嘆したことだろう。

 G7、G8、・・・G20、G22・・・。
 今あまり意味を成さなくなって来ていると感じているのは皆同じ。戦勝国連合の様な「権益」を守る集まりならともかく、世界経済に責任を負う集まりになってますから。責任リスクを分散させたいんだろうが、船頭多くしてなんとやら、特に中国は責任おっ被せられるのが眼に見えてる。影響力を誇示するG2で充分というわけですね。
 そして日本は粛々と奴隷の様に、いや、奴隷として下支えに専念、と。

posted by あんぽんたん at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

対岸の火事ではないタイ

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成22年(2010年)4月15日(木曜日)通巻2939号(4月14日発行)
タイの赤シャツ部隊の黒幕はタクシン前首相だが、その背後は誰だ
 タイの政変で日本人カメラマンが狙撃された。この狙いは?

 タイ政治の暴力の主役は軍ではなく赤シャツ部隊だった。
 赤シャツは「反独裁民主戦線」とかを名乗り、アピシット現政権打倒が目的である。
 構成員はタクシン前首相を熱狂的に支持する地方からの農民、低所得者が主体の「組織」とされ、この黒幕はいうまでもなく外国に亡命しているタクシンだが、さらにこのバックにいて軍事作戦に秀でているのは軍の反主流派と推定される。
しかし、その背後には誰がいるのか?
 もともとタイの政治は穏やかな仏教徒という表の顔と裏には華僑と軍が組んだ独特の汚職体質暗い部分がある
 権力中枢はつねに暗闘が渦巻いており、表面的な分析はものの本質を見誤りやすい。

▲タノム追放の学生革命とて背後には華僑がいた

 1973年におきた学生革命は数百の犠牲があった。筆者はすぐにバンコックへ飛んで、昂奮気味の学生を取材し「百年遅れの明治維新」と書いたら、我が師林房雄から「拙速判断にすぎないか」と釘を刺された。
 軍が学生デモに水平に発砲し、死体を下水に埋め、あまりのことに国際批判がおきた。タノム首相は海外へ亡命し、学生が突如「英雄」となり、しかし一年後にタイ全学連は四分五裂の内ゲバ、今度は学生指導者が海外へ亡命した。

 その前のタイ学生運動は発火点が反日」である。
 1972年、バンコックに進出した日本のデパートを疎ましくおもった華僑が秘密裏に資金を出し学生を煽った。田中角栄の訪問でタイに反日暴動がおきた裏側にいたのはタイに溶けこんで政権と癒着した華僑だった

 このおりも筆者はタイに赴いて学生指導者と会ったが、殆どが華僑の息子達だった。つまり学生運動の主役等はエスタブリシュメントの子供達だったのである。

 タイ先住民と少数民族(カチン、カレン族など)は経済的に恵まれず、華僑や華人の子らがいく大学へ入れず、職業訓練校や専門学校につどう。
 だから「タイ全学連」なるものは主流派エリートと反主流に鮮明に別れ、殺し合いも演じた。警察や軍はタイ族主流のため、エリートに反発していた。この構造はいまも変わらない。

▲赤シャツ部隊にはタクシンから豊富な資金が流れ込んでいる

 赤シャツ部隊はタクシン元首相が農村部にカネを蒔いて買票した結果であり、タクシンそのものは世界有数のビリオネア、貧乏人への同情など希薄である。

 経済と流通を牛耳る華僑はまとまっていない。
華僑、華人はタクシン派と反タクシンとに別れ、06年には黄色いシャツを着たグループが示威行進におよび、軍がクーデタを起こしたため、タクシンは海外へ逃れた。
 このとき、民衆は軍のクーデタを支持した。

 さて今回の赤シャツ部隊タクシン支持派は軍にむかって発砲した!
 逆さまである。
 実態はデモ隊にまぎれこみ武器を潜していた軍人反主流派軍の治安部隊へ発砲したらしい。十数名の犠牲(殺された軍人のなかには副参謀長も含まれる)、重症の大多数は軍人であり、日本人カメラマンが流れ弾<?>、それとも意図的に撃たれた可能性が残る。
 
 繰り返すが、タイ経済を牛耳る華僑は一枚岩ではない。ばかりか縦横無尽に分裂している。

 タクシンは客家系で父親は警官から下院議員となったたき上げ、タクシン本人も警官から米国へ留学し、警察内部の出世街道にのったものの次々と事業に失敗、最後の一か八かを通信ビジネスへの進出で大当たり、政治家デビューは1994年。自身の政党「愛国党」は2001年に設立し、北京にも支部がある。親米親中派だ。

 アピシット首相は華僑の名門。そもそも英国生まれ、オックスフォード大学卒業、タイへ帰国しても弾サーと大学教授と、根っからのエリート、両親は医者という名家。
 政治家デビューは1992年、民主党。親英派

 図式的に見ればタクシンvsアピシットの根の深い対立構造があり、ちとやそっとで解決できたり、一夜にして政治の流れがかわるという状況にはない。

 タイの正月に内戦の様相。さもありなん。中国人にとっての正月である春節はとっくに終わっている。

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2010年04月07日

米軍基地が何処かより自衛隊基地に何を配備するかの方が重要

 遂にこの日が来てしまいました。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成22年(2010年)4月7日(水曜日)通巻2932号 (4月6日発行)
ロシア、高性能地対空ミサイルSA30を中国に売却した模様
 総額20億ドル。160キロ先から飛行中の航空機を撃墜できるシロモノ

 ビジネスウィーク・ブルームバーグ(4月4日付け)に拠ればロシアは20億ドル相当の高性能ミサイルを中国に売却したようである。
 すでに2007年から09年にかけてロシアはS−300ミサイル固体燃料を十五基売却しており、中国からみれば、1990年代初頭からの累積で27基の固体燃料を購入した計算となる。
 S―300は西側コード名が「SA30」。
これは飛行中の航空機を160キロ先から撃墜できる。ステルス化を米国がいそぐ理由は、このロシア製ミサイルの驚異から戦闘機、爆撃機をまもるためである。
 ということは我が自衛隊の保持するF15迎撃機はもはや中国空軍にとって脅威ではなくなったことを意味する。
 米国はF22ステルス開発を中断し、F35開発に切り替えるが、この高性能ステルス機を日本に供与するか、どうかは不明。
(だって普天間基地で揉めていて、鳩山の信用はゼロ、おまけにイージス艦の機密を自衛隊員がハニートラップに引っかかりシナの女スパイにばらしてしまった国でもありますからね)。

 地政学的にはF35の使い勝手に疑問符が付きますが、打ち落とされると分かり切ったF15Jに大切な自衛官を乗せるわけにはいかないですからね、絶対に。今この瞬間に丸腰になってるも同然のパイロットに、防衛相はどんな訓示を垂れやがりますか?

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2010年03月27日

未だに普天間普天間、嗚呼、能天気。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成22年(2010年)3月27日(土曜日)通巻2921号 <3月26日発行>
中国の核兵器貯蔵の全容、米国シンクタンクが詳細な報告書
 「プロジェクト2049」が暴いた中国の核兵器隠匿と運搬状況

 中国共産党にとって、これほど不愉快なことはないだろう。内部の国民どころか共産党の幹部にさえ教えていない核兵器の秘匿場所、その操作システムを余すところなく米国のシンクタンクが“ばらした”のだから。
 バージニア州にある超党派のシンクタンク「プロジェクト2049は中国の西北部陝西省の太白山付近にある基地22という秘密都市地図には出ていないの地下に建設された大規模な核兵器貯蔵庫ならびに核兵器の操作システムを報告書にまとめた
 このニュースを最初に伝えたのは「デフェンス・ニュース」(三月初旬号)。その後、産経新聞も3月18日付けで伝えた。中国内では英字版の「環境時報」が報じたのみ。
 最大の衝撃はなにか?
 秦嶺山脈のなかのひとつ、太白山をまるごと堀って、450キロ平方にも及ぶ貯蔵基地と鉄道による連絡網、まるで地下要塞がすでに完成している事実だ。
 ここにおよそ400発の核弾頭を秘匿しているという。
 しかも、この要塞は大陸間弾道弾発射基地としての地下サイロの役割ばかりか、秦嶺山脈のトンネルをあちこち縦横に繋げて、運搬ルートを多様化させ、列車とトラックにより中国の六カ所にあるミサイル発射基地と結んでいるという機動性向上の事実。
 報告書をまとめた中心人物はマーク・ストークス元駐北京米国大使館付き駐在武官。ペンタゴンの専門家として知られるが、世界的は軍事評論の世界では無名に近い。
 「おりしも米議会はオバマのヘルスケア騒動に明け暮れて、この衝撃的報告書は議論の片隅に押しやられたのも、米国内の保守派の政治利用を恐れたからだ」(アジアタイムズ、3月26日付け)。
 むろん、防衛とは何かが分からない政治屋が防衛大臣をつとめる我が国ではこの衝撃の報告書に関心が払われた形跡もない

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2010年02月02日

野党が与党幹事長を独裁者と呼んだくらいでガタガタぬかす奴は中共以下


 上海に帰って大丈夫なのかと、そればかり気になるわけだが、家族が人質では・・。以下の記事の様な動きは馮正虎氏へ向けた飴でもあるのか?

中国元党幹部ら、劉氏への判決批判

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人民の為に必要なのは誰か、人民が声を挙げるべき

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成22年(2010年)2月2日(火曜日)通巻2859号
重慶の汚職摘発で勇名を馳せた薄き来は「北京上層部には迷惑」
 薄重慶書記の中央抜擢はあり得ない、と北京は姑息な結論に達した

 北京上層部の消息筋は次の雰囲気であることを『博聞新聞網』(2月2日)が伝えた。
 党中央は『汚職追放』をスローガンに賄賂・収賄を禁止し、幹部の汚職を追放せよと地方幹部に命じた。
 これは毛沢東以来の共産党政治の悲願でもある。

昨年夏、この呼びかけに忠実に呼応して重慶市にはびこった地元マフィア1500余名(そのなかには重慶市全人代代表も含まれた)を一網打尽とした薄き来(重慶市書記)は国民から「シナ版大岡越前」と賞賛された。

 北京の上層部は、この遣り方に『不安』を感じた。
 守旧派にとっては急激な改革はどのみち迷惑であるに違いない。

 つまり汚職追放は政治的スローガンであっても、かけ声だけで、文字通りもし厳密に適用されたら汚職容疑にひっかかる幹部は全員なのだから、不安になるのは当然だろう。

 薄き来は、これによりつぎの出世が野心にあり、次に中央政治局常任委員への突破口をねらったばかりか、第十八回共産党大会ではすくなくとも首相の座を確保しようとした。

小沢某は国民の税金をくすねてちまちまと貯めた数億円で沖縄の米軍基地移転先の土地の購入までしていたそうだから、不動産屋に転業した方がよほど良いと考えられるが、中国では小沢程度の汚職なんぞ、そのへんの木っ端役人がやっていることである。

 さて北京上層部にとって、厳密に汚職粛正などやってもらうと困るのだ。
 国民の喝采をあびて党の秩序を乱すのもこまる。なにしろ、習近平次期総書記、李克強次期首相でほぼ人事は固まっているのであり、これ以上の攪乱も困る。
 どうも波乱を好まない胡錦涛執行部は、人事による波乱より安定が望ましいらしいのである。

 というわけで、薄き来の次期首相入りは難しいというのが現在の北京の雰囲気であるという。
 さもありなん。権力とカネの癒着を趙紫陽は「権銭交易」と比喩したが、まさに現在の中国の政治は、これに近いと言えるだろう。

 だからこそ、薄熙来さんの登壇を願っているのだが。小沢と同じ穴の狢の習なんかぶっ飛ばして頂きたいもんである。

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2009年12月23日

市場原理主義が敗北で市場統制主義の勝利なのか

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成21年(2009年)12月23日(天皇誕生日)通巻2816号
(前略)
 12月22日、北京の「金融論壇」に出席した周小川は以下の大意で講演した。
「国際金融界は通貨膨張政策を議論しているが、中国は通貨膨張を抑制し、一方で経済成長を堅持し、さらには国際収支の均衡を保持し、預金準備率を健全に保つ金利政策を行う」
 
 金融政策が中国の経済政策の根幹に位置するようになったのは過去十年ほどである。
 第一に金利政策だが、国有銀行の一方的な国有企業への貸し出しという全体主義経済にありがちな金融の偏在態勢から、外国金融機関の参入などにより、国際的な金利情勢と適合できるようになる。
すなわちインフレ懸念には金利を上げて市場への通貨供給を減らし、デフレ基調に転ずれば金利を操作して対応する。

 第二に通貨供給を、銀行の預金準備比率を上下させつつ通貨の流れの調整を図る。
 過去五年ほどに、この金利と通貨供給のタイミングを選んでの発動で、理論的に言えば、まずまずの成果を収めてきたといえる。
あくまでも「理論的」に、である。

 第三は貿易収支の均衡を図ることだが、為替政策の発動によって輸出入の調整を図ろうと努力した。過去五年間で、人民元はドルに対して21%の切り上げとなり、対米輸出が減少したのも事実である。
(後略)

 もう10年前、中国がWTO加盟する際、知り合いの中国人としていた会話を思い出した。
 彼女が、WTO加盟は両手を挙げての喜ばしい事と言うので、私は、閉じた世界が開かれるのは競争に晒される事でもあるのだから、長期的には良い事だが、短期的には苦しい場面や層が表れ、少なくとも数年は混乱は有るだろう、と言った。
 結果は、彼女の言い分の方が当たっていた事となった。

 私の誤算は、中国政府を信用し過ぎていた事だ。

 しかし中国人は本当にこれで良かったのだろうか。

(前略)
 ところが理論的に解けない謎がいくつも存在する。
 「ナンデモアリの中国」ゆえに、西側市場経済の理論ではとうてい理解できないことがおきるのだ。
 
 第一に外貨準備高の急膨張は経常収支統計からみても異常な膨らみを示した。
 黒字の累積が外貨準備であるとすれば、貿易黒字の累積の二倍近い外貨の膨らみはどう理解すれば良いのか?
 つまり海外からの投機資金の流入が不動産、株式、商品への投機に回り、最終的には人民元切り上げという投機の思惑に関連していること。
 反面、当局の通貨介入が天文学的に行われており、中国はドル買いを継続していること。 

 第二に通貨供給量と偽札流通との関連。
 通貨流通量のおよそ二割が偽札と推定されるが、最近の偽札は精巧を極め、とても偽札発券機で判別が出来ない。「偽札が本物であり、本物が偽札」であるというほど。小誌でも繰り返し指摘したが、日本円の五千円札、一万円札を中国が発行できない最大の理由は何か? 最高額面が百元(現在のレートで1300円)。
 説明不要だろうが、五百元、千元紙幣を発行した場合、偽札に対応できないからである。

 第三は金利政策による調整と闇金融の関係
 賄賂社会の中国では銀行から借り入れた場合、通常4%ほどの『謝礼』が返される。実質金利(この場合の「実質金利」とは中国的賄賂社会的要素加算の金利という意味)は公定歩合よりはるかに高く、闇金融の金利と同じレベルとなる。つまり金利政策の効用に限界がある。

 理論と実態の乖離はこれほど激しく、周小川の理論が政策的に疑問符がつくのも、また中国的現実なのである。

 10年前も100元は1400〜1500円くらいだった。全く可笑しな話。
 最早出すに出せない膨大な不良債権の本当の数字。中共が自ら出す事はもう未来永劫無いだろう。日本人に生まれて律儀で几帳面なDNAを宿す身としては精神を病みそうな有様だが、その中で上手く立ち回っている一般の中国人の方がよっぽど現実的なのかも知れない。 一番賢いのは、政府を過信などしない、統制利用主義者といったところか。

 日本の独裁者に対してその姿勢を執るべきか否か。堕ちてでも飽食か、食わねど高楊枝か。
 誇りの有無の問題。

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2009年12月08日

日本外交の敗北

 突き刺さる言葉だが、またか、の感。
 今回も、台湾の向こうに在る中共様に屈服の巻〜。
 もう日本政府は駄目。再起不能。諦めました。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成21年(2009年)12月8日(火曜日)貳
台湾の日本代表=齋藤氏更迭は日本外交の敗北ではないのか?
  今井新代表は「宮本北京大使の同級生」だから「日本は台湾重視」だって

 8日付け各紙は駐台湾日本代表(交流協会代表=事実上の日本大使)が齋藤正樹氏から今井正氏に交代することを論評抜きで報じている。

 背景にあるのは五月に齋藤代表が嘉義大学でおこなわれたシンポジウムの席上「台湾の国際的地位は未定」と日本政府の所見をのべたことに対して、馬英九総統が強く反発し、面会拒否を続けたことによる。
暗黙の大使更迭要求ともとれた。

 台湾は日本がサンフランシスコ講和条約で放棄したが帰属は未定であり現在の中華民国なる存在は国際法上合法性はない
蒋介石が台湾へ逃げ込んだあとに「中華民国」の領土として既成事実化したものつまり日本の外交解釈に厳密に従えば齋藤代表の見解が正しいのである

 ところが日本外務省はなんと馬の暗黙の辞任要求に屈服するかのように齋藤氏の更迭をきめ新しい台湾代表に今井正前沖縄担当大使を送り込むことを内定、すでに12月2日の時点で台湾各紙が伝えていた。

 曰く「今井氏は宮本雄二駐北京大使の同期生であり、いかに日本が台湾を重視しているかの現れである。たしかに今井氏は両岸関係に詳しくないが、日台関係の修復に前向きであり、日本の高層の台湾重視を反映している。なぜなら今井氏はイスラエル、マレーシア大使を歴任し、南アジア通だから」(連合報、12月5日)。

 曰く。「齋藤代表の“離任”は日本の善意の現れ。過去十年きわめて友好的だった日台関係が停滞する失言をなした齋藤氏にかわって今井氏が台湾に赴任するのは日本が正常化をのぞむ証拠である」(中国時報、12月3日付け)。

 こうした解釈は“お笑い草”と言って良いだろう。
 筆者が十月に北京に滞在した折、何人かの事情通に聞くと、宮本大使の現地での評判は最悪に近かった。そんなことより、台湾が北京におもねっている心理が見え隠れする論評この分析は台湾が北京に遜っている心理を如実に物語る
また同時に日本の外務省が台湾の要求を呑んだことは外交的敗北ではないのか?

 もう国際法上とかまどろっこしい事を考えるのは止めたら?
 国際法上の独立国の首相の筈が、駐在大使にお目玉喰らってあたふたしてる、そんな飯事みたいな国なんだから。
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2009年09月19日

よく粘りましたね。胡さん。

 また分らなくなってきた。
 そして、面白くなってきた。


宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成21年(2009年)9月19日(土曜日)通巻第2720号

 胡錦涛、土壇場のうっちゃり。習近平の軍事委入りを阻止
  新彊ウィグル暴動の対応不手際を糾弾か? 王楽泉留任と引き替え?

 第十七期四中総会で確実視された習近平の軍事委員会副主席入りは実現しなかった。
 多くの華字紙の予測もはずれた。

 習近平は新彊ウィグル暴動の折、イタリアのG20に出発した胡錦涛の留守居役の責任者だった。
ところが適切な指示が出来ず、直後の政治局会議で糾弾された。評判の悪い王楽泉(新彊ウィグル自治区書記)が、血の弾圧を主張し、公安法規関係の周永康と孟建柱が事態の収拾に動き、同時に胡錦涛は部下の李克強のスキャンダル露呈を防いだ。

 奥の院の権力闘争は、こうしたバランスの上に成り立っており、香港誌『開放』九月号は、習近平が一時辞表を提出した動きがあったことを伝えている。
 ともかく習近平が軍事委入り出来なかったのだ。これから、北京は荒れる。
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2009年09月18日

このまま済むとは思えないのだが

 その次が動き出しているので、早く失敗しろ早く失敗しろと願うばかり。まずは来年だが。


宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 平成21年(2009年)9月18日(金曜日)貳 通巻第2719号

<速報>
 習近平、軍事委副主任に。第17届4中全会、今晩終幕

 華字紙ネット「多維新聞網」が18日午后報じたところでは、四中全会で、習近平(国家副主席、政治局序列第六位)の軍事委員会副主席就任が承認されたもよう。今晩、7時(北京時間)、中央電視台から発表されるという。

 これで習近平の次期(18回党大会、2012年)総書記国家主席が確定したことを意味する。
 国慶節をまえに北京では軍事パレートの演習が盛んだが、今晩は前夜祭花火大会が行われ、地下鉄一号線を運休、長安街は通行止めになる。ところが、天安門広場の南側の繁華街でナイフ男が狂器を振り回し、二人が死亡する事件も起きている。

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2009年08月26日

いけいけどんどん

 ワクワクが止まりません。(笑)


宮崎正弘の国際ニュース・早読み
平成21年(2009年)8月27日(木曜日)通巻第2692号 

 雷鳴轟いた重慶のマフィア、やくざ一斉捜査
  ほかの共産党幹部は地元やくざ、富豪とべったりの関係ゆえに庶民から怨嗟

 それにしても薄熙来は思い切った措置をとったものである。
 既報のように重慶特別市党書記の薄は腐敗撲滅キャンペーンという中央政府の錦の御旗を前面にたてて地元やくざ、マフィアを一斉に手入れし1554名を逮捕。このなかには地元の大物政治家、高利貸し、富豪が含まれていた。
 中央政府の方針だからこれで党内の彼の名声は高くなることはあっても低くはなるまい。いやひょっとして次期総書記レースで習近平に追いついた可能性さえある。

 前重慶書記の王洋は広東省書記に栄転したが、地元古参幹部からの激しい抵抗と妨害を受けて、なかなか思う様の腕を振るえず、このまま広東は2010年アジア大会に突入するが、さて次期総書記レースからは逸脱するか?

 一般的に地方幹部は地元マフィア、やくざとグルになって阿漕な商売を黙認し、巨額の賄賂を平然と受け取って私腹を肥やしており、むしろ公安と黒社会は共犯関係に近い。
 もっとも先進的な広東省でさえ、王洋はマフィア一掃には動けないのだ。

富豪は大概がやくざ、裏面で高利貸しを兼ねる。カネでポストを買う。あまつさえ身を守るために私兵を扶植する。ごろんぼ、ちんぴらの命知らずが一宿一飯の恩義に報いるという日本的任侠道からは遠いが、伝統的な「幇」は紅幇、青幇の伝統がある中国ならではのもの、私兵は勿論、ピストルや機関銃で武装している。
地元公安警察は手を出せない。
いやはじめから手を出そうという気概もなく、やりたい放題を黙認して賄賂を受け取る方が、四方まるく収まり、それが中国における処世なのだった。

 ちなみに浙江省、江蘇省、山東省、福建省などのマフィアが抱える私兵は百万人を優に超えるまでに「成長」している(多維新聞網、8月11日)。

 しがらみがない薄熙来ゆえに、遼寧省長時代の公安のプロ=王立軍を呼び寄せて、新規に公安局長に任命した上での決断だった。
 これは中国全土の庶民から賞賛を浴びた。人気度では習近平を一気に抜き去ったと言われ、ポピュリスト政治家=温家宝首相に迫る勢いと評する専門家もいる。


ネット上でのヒーロー、ヒロインが変化

 山西省の石炭事故、陝西省のカドミ中毒事故、各地の公害などで、住民が当局に訴えてもひねり潰され、暴動を起こせば「首謀者」は死刑か無期懲役となる、無法社会の中国で、上海で公安六名がひとりの若者に殺害された事件ではネット上で、犯人が英雄となり、カラオケの女性店員が地元の共産党幹部に強姦されかけて、主犯格をナイフで殺害しても無罪となった。

「よくやった、彼女はヒロインだ」とネットにおける賛美が続いて当局は手の施しようがなかった。
腐敗防止、公正な裁判などは中央が行っているキャンペーンである。

とはいえネットの拡散が中国にはじめて「世論」を形成したのも事実だが、これらはごく一部の例でしかなく、大方の不正は見逃されてきた。
だから中国のおける警察(=「公安」)は悪の代名詞、庶民が信用する日本の警察とは百八十度異なる。

 「薄熙来は、この手柄をバックに北京中央政界に復帰する可能性が高く、次の権力闘争の主役のひとりとしての座を射止めた」(「ドイツの声」、8月24日)。
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2009年08月20日

これは重要!中国の権力の行方

 休眠中の此処も、このネタには黙ってられません。


宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成21年(2009年)8月20日(木曜日)通巻第2687号  

薄熙来(重慶市書記、前商務大臣)が政治力を背景に後継レースに参入 
 やくざ団体を手入れし地元の黒幕1400余名を逮捕、全国から拍喝采

 薄熙来・重慶特別市党書記は、『重慶の平和と安定』のためと獅子吼して同特別市域内にはびこるマフィア、やくざ十四団体を一斉に手入れさせ、1544人を逮捕した。陳明亮、岳村、黎強らマフィアのボスを含む67名の手配中の大物も捕縛、これで悪は一網打尽と旨を張った。

 党の高官とやくざはぐるの地域が多いだけに、この措置が本当なら政治家のお手本として庶民の絶大な人気を得るだろう。

 薄熙来の遼寧省省長時代に同地域内の黒社会撲滅に辣腕を振るった王立軍を重慶市公安局長に指名して、遼寧省から呼び押せた。王は着任早々からやくざへの手入れの機会をうかがっていた(香港紙『大公報』)。

重慶の十四の黒社会組織への捜索で、かれらのアジトからピストル48丁、弾丸900発、現金合計三億元を押収した(多維新聞網、8月17日付け)。
 このほか組織犯罪の銀行口座を凍結し、総額十五億三千万人民元を封鎖した。

 かれらはみかじめ料を支払わない商店やレストランに放火したり、高利貸しで期日に遅れると見せしめの殺害など凶悪なことで知られ、麻薬、博打、凶器準備、売春など従来のマフィアの「ビジネス」を超えた商業活動は共産党の脅威でもあった。
 
 とくに重慶は中央政府の特別配慮による開発予算が300億ドル。
あちこちにモノレール、立体交差、政府建物、駅舎などを突貫工事、宇宙都市のような激甚な発展ぶりをみせ、同時に全土から儲かるとばかりマフィアが蝟集して利権をむさぼり、表向きは貿易、商社、銀行などを経営していた。

▲地域のマフィア顔役は同時に地域の全人代代表でもあった

 就中、建設土木が盛んで砂利、セメント、建材を扱う表向きの顔があった。巴南区などは黎強の組織が一手に支配しており、マフィアのボスでありながら財閥、大富豪としても知られる。
 なにしろ表の顔として黎強は重慶市全人代代表。陳明亮は重慶市古物商工会理事長兼地区人民代表だった。
かれらの元には千もの企業がぶら下がり、不動産ビジネスの殆どを抑えていた。

 また地下銀行、高利貸しビジネスでこれまでに貸し付けた額面は三百億元とも。こうなると地元警察、公安は買収されている可能性があり、アンタッチャブル。土地にしがらみのない政治家にしか大鉈(なた)は振るえまいと言われた。

 組織が縄張りを決め、組織構成員は軍隊のような訓練を受け、上下の序列にうるさく、なかには昼は公務員という『白道』、夜はやくざに早変わりの『黒道』を兼務する手合いもいて「重道(白黒兼務)社会」だから重慶と自嘲気味なところもあった。

 さて薄熙来である。
かれは共産党大幹部だった薄一波の息子、「太子党」の代表的人物として、大連市長、遼寧省書記から胡錦涛の人事で重慶特別市書記に任ぜられた。直前までの商務大臣。来日回数も多く、かなりの日本通である。同時に世界貿易のネゴシエーターとしても活躍した。

辺地へ飛ばされて左遷かとおもいきや着々と政治的野心を秘めながらも中央への成績をあげた。
薄熙来の認識では次期総書記に有力とされる習近平よりも、自分がなる、ということだろう。野心を沸々と燃やしてきたことは華字紙でたびたび報道されてきた。

しかし薄熙来は「太子党」に勢力を扶植してはいても、上海派とはそりが悪い。だからポピュリズムに一気に打って出て、せめて次期首相くらいは射止めたい。おりしも次期首相後継最有力だった李克強に七月以降というもの、部下の汚職スキャンダルが多発し、任期急降下中でもある。
もし、薄熙来がそれらを計算に入れタイミングをはかったとすれば、それはそれなりに絶妙な政治的演出でもある。
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2007年10月27日

馬鹿の一つ覚え「戦争反対」君はインド洋より宇宙に注目せよ

 被弾して血を流す一人一人の事も大切だが、戦争は一国でするものではないんだよね。戦争は報復で始まる、なんて思ってるお馬鹿さんは、人民解放軍の真ん中まで行って、アメリカがやってるからって対抗するな!、って言ってみてくれ。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成19年(2007年)10月27日(土曜日)貳 通巻 第1974号  
中国の月探査衛星打ち上げ成功は何を意味するのか?
 宇宙を舞台の戦争準備という分析がまったく日本の報道にはなかった

 「和平台頭」と、あたかも中国が世界平和の使者のごとく、江沢民時代に対外政治スローガンに据えたとき、西側の一部に失笑が起きた。
 「世界に珍しいファシスト国家=中国が平和を追求する?」。
 やがて中国は「和平くっき」とニュアンスを幾分変更し、しかしそれも束の間、胡錦濤政権はいつしか、「大国くっき」として全面に押し出す。

 中国が「大国意識」を顕著に意識し始めたのも、GDPの膨張と株式の高騰、国連での発言力強化と04年には日本の国連常任理事会入りを阻止した政治力。経済繁栄を背景についてきた「自信」の現れだった。
 政治的には一切の表現の自由、結社の自由、宗教の自由を認めないが、ジェスチャーとして人権問題に配慮し始め、また地方政府の「民主的選挙」システムの導入をはかり、いかにも民主化も始まっているという印象を醸成した。しかし実際には村長選挙で、非共産党員が選ばれると巧妙に排除し、けっきょくは共産党員が村長におさまるという喜劇が全土で発生した。
 「大国」は国際的な責任もともなうが、環境問題、大気汚染、平和部隊での貢献は消極的であり、或るいは国際的約束をそっと反故にして、その一方で中国は「軍事大国」「政治大国」としての軍事的政治的振る舞いだけを維持発展させるのだ。
 したがって「大国」化する政治目標は、中華ナショナリズムをますまる変形的偏執的なひずみをともなうことになる。
 最新鋭武器、潜水艦、ジェット戦闘機。宇宙キラー衛星。資源をすべからく軍事方面に突出させながら、大国化の目標に向かって邁進する様を観ていると、中国という存在はやはり西側世界にとっての危険物となる。

▼ 月探査衛星打ち上げ成功
 中国の「愛国」キャンペーンとナショナリズムの象徴として、とうとう月探査衛星が月に向かって飛び立った。
07年10月24日のことである。
 欧米マスコミは大書・特筆して、この「快挙」(軍事的脅威)を伝えたが、日本の報道は、なぜかおとなしかった。
というよりアポロの二番煎じくらいにしか認識できず、その軍事的脅威という側面と狂信的な中華ナショナリズムの行方に関心も興味もないからではないのか。
 もうひとつの側面は宇宙に拡がる「資源戦争」という隠れた中国の意思だ。
 中国は月に埋蔵されていると予測される数百万噸のヘリウムに最も強い関心を抱いている。ヘリウム3は核融合の発電燃料となる。
仮説でしかないが、月に埋蔵されるといわれる「ヘリウム3」は、100噸でも、全世界の1万年分の消費に匹敵する膨大な量だそうな。

 ともかく中国初の月探査衛星といわれる「嫦娥1号」を搭載した「長征3号A」型ロケットは、10月24日に打ち上げ基地である四川省・西昌衛星発射センターから打ち上げられた。
 「嫦娥」は不死の薬を飲んで神仙となり月に帰った「嫦娥仙女」伝説に寄る。その前の有人宇宙衛星は「神舟」と名付けられ、宇宙飛行士は  「英雄」となって中国全土を凱旋した。
テレビが特集し、雑誌がカラーで飾られ、旧正月と国慶節と月見が一度にきたようなお祭り騒ぎをしたのが、つい数年前のことである。
あの時の打ち上げ基地は甘粛省の酒泉基地だった。
ところが香港の雑誌『開放』が書いたのである。「酒泉基地の付近にはロケット打ち上げに失敗して犠牲となった、およそ五百名の墓場がある」と。
 打ち上げ当日の模様。「嫦娥1号が打ち上げから24分後にロケットから分離され、決められた軌道に進入すると、緊張した表情でモニターを見つめていた発射センターの関係者たちから笑みがこぼれた。西昌市内にある衛星制御センターは1時間後の午後7時ごろに記者会見を開き、打ち上げ成功を宣言した」(『朝鮮日報』、10月25日付け)。

▼ 中華ナショナリズムの狂信
 さて中国民衆の反応。中国は国をあげた祝賀ムードに包まれ、とくに西昌市の中心に設置された「月城広場」のスクリーン前には千人の市民が集まった。
一部は楽器を鳴らし、爆竹がたかれ大声の歓声が上がった。
 「特別展望台」は、なんと800元もの「チケット」を購入して、打ち上げを観測した。800元といえば、工員一ヶ月分の給料に匹敵する額である。
 「嫦娥1号展望台」の僅か1500席の観覧チケットは数日前に売り切れ。発射台が展望できる牛頭山の展望台は発射センターから僅か2.5キロ。また人口60万名の西昌のホテルは、客室がすべて満室となったという。
 中央電視台(CCTV)は特別番組を放送し、愛国を獅子吼し、新華社は「米国とロシアが中心となって進められた月探査の試みは122回に及んだが、成功率は50%に満たなかった。嫦娥1号の打ち上げ成功は中国の科学技術水準が世界のトップレベルに到達した証拠」と礼賛の限りを尽くした。
 愛国キャンペーンは、北京五輪を盛り上げるために、あらゆる人工的な機会を捉えて、祖国への愛着を煽るわけだが、基本的素地にあるのは「反日」暴動のときと同様な原始的拝外主義である。
その行き着く先が憂慮される。

 ところで日本は9月14日、鹿児島県種子島宇宙センターから月探査船「かぐや」の打ち上げに成功している。
 インドも08年4月に初の月探査船「チャンドラヤーン1号」の打ち上げを予定している。
 台湾、韓国などの報道は、中国とインド、日本の宇宙競争という側面を協調したマスコミ報道が多かった。
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2007年09月19日

経済も軍事同様戦争なのだね、偏向者にとっても

 FRBが金利引下げ。日銀が金利上げ見送り。調和は取れている。
 世界第一通貨である限り、米ドルが外的な戦略に晒されるのもまた当然の事だ。サブプライム破綻はショック療法ではないかと思っていたのだが、やはり中長期的には大した問題でもなさそうだ。こういう時には、それに便乗してとにかくコキ降ろそうという人が出てくるもので、その人と也を分っていないと催眠術にかかりそうだ。

強まるドル崩壊の懸念
2007年9月18日
(前略)
▼外務省に外交を任せるのは危険

 これらと対照的に日本では、政局が不安定になっており、世界の混乱が予測される今後の時期に、強い決定権を持って対処できる指導者が出てくるかどうか分からない状態だ。私が知る限りでは、政府内でアメリカの衰退懸念についてほとんど分析がなされていない。
(中略)
 日本の次期政権がどうなるか現時点では予測できないが、うまくいけば、間もなく行われる政権交代を機に、日本政府(官邸)は外務省に丸め込まれずに外交を行い、中国や韓国などアジアとの関係を再強化するともにロシアとの関係も改善し、アメリカの衰退と世界の多極化に対応できるようになるかもしれない。
 その逆に、次期政権も相変わらず対米従属の強化にのみ専念するなら、日本は米国債が大幅に減価する際に売り逃げもせずに大損するだろう。中国との戦略的関係を構築し、日中が協力してドル崩壊後の東アジア共通通貨を作れれば成功だが、日本がそれを拒否するなら、中国は日本に頼れず、人民元をアジア共通通貨にしていくしかなくなる。
 それが成功するか危ういが、もし成功したら、その後のアジアは中国中心・日本抜きの状態が強まり、国際社会における日本の力は落ちる。中国が自国中心のアジアの新体制作りに失敗した場合は、アジア全体が経済的・政治的な混乱期に入るが、どちらにしても、アメリカが衰退する中で、日本が中国やロシアとの関係を強化せずにいると、日本の国際的な位置づけは、明治維新前の状態に戻っていくだろう。

 戦略と根回しを強化する必要性については同意できるが、その相手をアメリカではないと言い、代わりに中国やロシアを持ってくる辺り、この人やっぱり反米アラブ人に洗脳されてるんじゃないか?中東に少し詳しくても、中国の事は分らないと言ってるようなもの。分野外の事を尤もらしく言おうとして馬脚を現すと言うか何と言うか。いや、リベラルに耳障りの良いように羊の皮を被っていても、足元に狼の爪が見えてますよ、ってとこか。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成19年(2007年)9月19日(水曜日)貳 通巻 第1929号    
中国がドル資産を売却する「核オプション」を行使した、と英・露紙
 7−8月で800億ドルの米国債券が売られたのは事実だが。。。

 不思議な報道が世界に流れた。
 発端は英紙「テレグラフ」で、「中国は核オプションを行使」と言うのである。
 NY連銀発表では7月統計で480億ドルの米国債が市場で売却され、8月の二週間でも320億ドル、合計800億ドルが売り抜けられた。
 これは「ありあまる外貨準備を持つ中国が、米国議会の中国批判に対応して政治的武器として使った反撃である。
まさに『核の選択』だ」などとセンセイショナルに書いた。(同誌、9月6日付けおよび10月8日付け)。
 後追い記事はロシアの『プラウダ』英語版に出た(10月9日付け)。「ドル暴落は必至、ドルは崖っぷちに立った」
と欣喜雀躍の見出しが踊った。
 現実に、九月にドルはいくぶん下がったが、逆に人民元の高騰も止んだ。
 不思議な符丁だが、中国がドル暴落を望んでいない、なによりの証拠である。
 簡単な図式である。
 中国の輸出の70%は、海外企業が中国へ進出しての現地生産、それも過半はアメリカ企業である。GM、フォードからコカコーラまで。
 米国の消費市場は中国製品に溢れ、アメリカ企業は要するに中国依存で成り立ち、中国もまたアメリカ企業を通じて米国市場にどっぷり浸かっている。
 これは両国の普遍的利益であり、北京がドル安を企図して、政治的武器になにかを使ってドル暴落を演出することは中国の利益にはならない。
 これを山崎養正氏は「米中経済同盟」と喩えたが、言い得て妙である。
 中国の思惑とは関係がなく、ドルが雪崩を打って安くなりそうな兆候はたしかにある。
 サブプライム(低所得者向け住宅ローン)の破綻は、かなりのブローを米国経済に与えた。しかし、全体でみれば、6兆ドルのGDPのなかの、最悪に見積もっても、4000億ドル内外の規模であり、崩落の切っ掛けにはなりにくいのではないか。
 ドルの10%程度の下落なら、日本にとってはプラスマイナス・ゼロ。
 中国経済は、足がもつれるほどの打撃になるだろう。
 資源輸出の大半の決済をユーロ建てとしたロシアだけは、哄笑することになるだろう。
 こう考えてみると英紙のニュースをことさら転載したのがロシア紙だけであったことも、なんとなく納得がいくのである。
posted by あんぽんたん at 16:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

中国はちゃーんと米朝同盟に備えてるのに

 日米安保で政局ごっこも結構だが、北に捕られた人質も、この国も未来も、頭の片隅にも無いようなやつらのおかげで先が見えない現状を何とする。喧嘩したいだけなら殴り合って両方死になさい。
 民主党大統領になった時のアメリカとどう付き合うか、隣は準備が出来てるようだがね。

北、崩れ行く「鎖国」 ご法度の携帯電話も堂々
 この夏、大規模な水害に見舞われ危機的な状況にある北朝鮮だが、中国との国境地帯では異変が生じている。本来、所持を厳しく禁じられている携帯電話を人々が平然と使う姿や中国側へ中古下着を買い付けに来る貿易商が相次ぐなど、物不足の影響は大きく、長年の「鎖国」は徐々に崩れつつあるようだ。
 北朝鮮・咸鏡北道(ハムギョンプクド)と中国・延辺朝鮮族自治州を隔てる豆満江(トマンガン)の北朝鮮側。トウモロコシ畑の先にある川岸で女性が携帯電話を持ち、だれかと話している。朝鮮側からは隠れているようだが、中国側からは丸見えだ。それでも女性は臆(おく)することなく話し続けた。
 写真は先月中旬、北朝鮮事情に詳しい山梨学院大経営情報学部の宮塚利雄教授が現地で調査中に撮影した。宮塚教授は「中朝国境を行き来する関係者によれば、中国側で朝鮮族が契約して、親戚(しんせき)の朝鮮人に1カ月100元(1700円)でレンタルする。それを持ち帰り、近所の人へ1回10−20元(170−340円)で、また貸しして利益を得ている」という。
 国民に窮状を察知されるのを極端に嫌う北朝鮮当局。当初は平壌を中心に携帯電話の所持を許可していたが、豊かな外国の情報が入る可能性や反体制活動に利用されるのを恐れ、現在は所持を禁じている。違反した場合には収容所送りになる場合もあるという。
 宮塚教授は「向こうの人は『携帯電話は非常に重要だ。電話は商売にも使う』と話していた。2002年の経済管理改善措置から北朝鮮でも独自に商売ができるようになったが、最近は中朝貿易で富をなす富裕層は増えてきた」と語る。
 特に顕著なのは下着の輸入・販売といわれる。「延吉(中国・延辺朝鮮族自治州の中心都市)や中朝国境の図們にある市場では下着が山積みになっていた。1枚1元(約17円)のパンティーを仕入れて、北朝鮮では1500−3000ウォン(実勢レートで70−140円)で売る」(宮塚教授)と、うまくいけば仕入れ値の8倍以上の値段でさばけるのでかなりおいしい商売だ。市場では古着となった衣類や下着も、輸出向けとして活発に取引されていた。
 かつて中朝貿易の中心は中国側に住む朝鮮族が「親戚訪問」という形で物資を担ぐのが一般的だった。しかし、現在は「貿易でお金が稼げるので脱北の恐れが少ない。そのため『商社社員』を名乗る人々が続々と北朝鮮からやってくる。そうした人々が朝鮮族の親戚を尋ねてお金をもらうケースもある。『商社社員』といえども、どう見ても日焼けした農家のおばさんだった」
 一方で北朝鮮当局の厳しい取り締まりで、脱北者は急減している。さらに「以前は北朝鮮国内で作られた雑貨が中国側に流れてきたが、出なくなった。中国の輸入品に取って代わった。とうとう、そんな時代がきた」と北朝鮮グッズのコレクターである宮塚教授は嘆く。今回の調査で新たなグッズの発見はほとんどなかったそうだ。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
平成19年(2007年)9月11日(火曜日)通巻 第1921号
吉林省の辺境「長白山」にも飛行場
 朝鮮半島の危機に備えた軍民併用空港か?

 美しいところらしい。中国語では長白山。朝鮮の呼称は「白頭山」。朝鮮族のみならず世界から観光客が群がり始めた。
 吉林省の通化といえば、嘗て満州帝国崩壊の末期、関東軍が参謀本部を移転し、ここには飛行場もあった、一時は皇帝溥儀ものがれた。
 戦後、通化に集まった日本人は武装解除されて、引き上げを待ったが、その間に、共産党の国民党残党狩り陰謀に巻き込まれ、機関銃で三千人が虐殺された。川は鮮血で真っ赤に染まった(通化事件探訪記は拙著『中国よ、反日ありがとう』(清流出版刊)の第二章「ならば中国は何をしたか」を参照)。
 これを「通化事件」と言う。
 その通化から汽車で六時間とちょっと。超白山の麓にある白河という駅にたどり着ける。ほかに延吉や吉林、長春からもバスがあるが、なかなか遠いため、日本人で行った人は極めて少ない。
 じつは筆者もまだ、ここには行ったことがない。 
 さて、通化からバスで辺境めがけて二時間。北朝鮮との国境の町「集安」に辿り着く。
 この辺境が突然人口が膨らみ始め、町中でクレーンが稼働し、建設ブームは留まるところがない。
 やってくるのは韓国からの投資、観光客。多くは近くにあるピラミッド遺跡を見に行く。高句麗王陵と好太王碑である。これらは大変な観光資源で世界遺産に申請されたが、中国は、嘗てこの地にあった朝鮮族の王朝は中華王朝に支流だと言い放った。
 さてさて長白山の観光開発事業は、中国国家観光局が「5A級風景区」に認定し、その近くには長白山空港の建設が始まった。
 空港は観光用と説明されており、地域コミューター航路を中心として北京、青島、大連、長春などと来夏には、フライトが繋がるという。
 だが、どう考えても採算の合わない辺境の空港を中国が急ぐ理由は、軍事的緊張の際に軍用に転用させるためであろう。
 満州里は中国とロシアの国境だが、南西へ二時間のハイラル空港だけでは物足りなく、莫河というツンドラ地帯の山奥の奥にも空港を作った。愛軍条約で有名な黒河にも、小さな飛行場がある。これらはいずれも満州時代に陸軍航空隊の簡易飛行場があった。
 北朝鮮を睨んで、鉱区と港湾の争奪に忙しかった中国。こうして北朝鮮との辺境への飛行場建設も、将来の政治的布石。いずれ何かが動くだろう。
posted by あんぽんたん at 21:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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