【社説】2006年10月12日(木曜日)付
ニュー安倍 君子豹変ですか
拝啓 安倍晋三さま
首相に就任されて半月がたちました。組閣人事に始まって所信表明演説、国会論戦、中国、韓国訪問、そして北朝鮮の核実験発表への対応と、目まぐるしいばかりの毎日です。
テレビに映る安倍さんの表情からは、緊張感と充実ぶりが伝わってきます。
半月前を振り返ると、私たちは不安でいっぱいでした。
なぜかと言えば、首相になるまでの安倍さんの言動が、私たちの考え方とあまりに隔たっていると思ったからです。歴史認識や外交、教育、安全保障など国の基本にかかわることばかりでしたから、真正面から論戦を挑まざるを得ない。そんな覚悟を固めていました。
けれど目下のところ、私たちの心配は杞憂(きゆう)だったようです。
首相になると、先の大戦の「植民地支配と侵略」を謝罪した村山首相談話を受け継ぐと表明しました。総裁選では、何度ただされても言を左右にしていたのがウソのような変貌(へんぼう)ぶりです。
従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた河野官房長官談話も、すんなり認めました。外交の積み重ねや基本の歴史認識をゆるがせにしなかったことが訪中、訪韓を成功に導いたと思います。
「ニュー安倍」の驚きは続きます。
北朝鮮が核実験を発表するや、日本の核保有の可能性を明確に否定しました。首相のブレーンが主張する核武装論とはまったく違う立場です。同時に、歴代自民党政権の非核政策を継ぐまっとうな主張でもあります。
肝いりの教育再生会議のメンバーを見ると、勇ましい保守派からの起用は限られ、バランスを考えた多彩な顔ぶれに落ち着きました。
君子は豹変(ひょうへん)す、と申します。
国政を担うことの責任感が安倍さんをわずかな期間に成長させたとすれば、大いに歓迎すべきことです。
「これじゃ朝日新聞の主張と変わらないよ」。旧来の安倍さんに期待した人たちからは不満も聞こえてきそうです。
安倍さんは国会答弁で「私が今まで述べてきたこととの関係で批判はあるだろう。甘んじて受ける」と軌道修正を認めました。残念なのは、あれほどこだわってきた持論をなぜ変えたのか、その説明が足りないことです。
総裁選では党員向けに右寄りの発言をし、首相になると一転、ソフト路線で支持率を上げ、参院選を乗り切る。地金を出すのは政権が安定してから……。そんな邪推をする人も出てきそうです。
「闘う政治家」を目指す安倍さんですから、よもやそんな姑息(こそく)な戦術を取るとは思えません。持論を変えた理由を一度、国民にきちんと説明してはいかがでしょう。安倍さんに一票を投じた党員たちも聞きたいのではないでしょうか。
正しさを見極め、豹変する。そのことは、決して恥ずべきことではないのですから。
敬具
信じられないかも知れないが、これ、全国紙の社説である。ネチネチと厭らしい下品な文章であることには目を瞑ったとして、注目すべきは、対中朝韓に強硬な姿勢を執る勢力とは、"私たち"こと朝日新聞は闘うよ、と標榜してはばからないことだ。安倍さんが訪中をまずます成功させ、訪韓にしてもキチガイ大統領以外とは上手く立ち回って来たにも関わらず、だ。朝日新聞は親北京、親青瓦台のスタンスに価値を見出したいが為に、人工的な"対立"を煽り立てているのである。報道業界ではこれを"ヤラセ"と呼んでタブーなのではなかったか。しかし朝日新聞は相変わらず人造外交カードの輸出にしか収益源を求めていないのだ。つまりは、朝日新聞は日中韓関係が良くても日中韓関係は悪いと書き続けるし、何も無ければまたもやでっち上げを続けると宣言しているようなものなのだ。
朝日新聞が反反日(この場合は広義で保守と言い換えても良いが)派から敵視されている事を意識するのは良いのだが、まがりなりにもジャーナリスト宣言を謳うジャーナリズムである。自ら反保守を飯の種にすると認めるだけに留まらず、反政府街宣活動をすると宣言するのであれば、それはジャーナリズムではなく政治活動である。反反日派が朝日新聞を眼の敵にするのは将にこの部分だという事が理解できていないのだろうか?朝日新聞がリベラル(ニューリベラル)なのであればこんなに叩かれる事も無いだろう。しかし朝日新聞やテレビ朝日はリベラルではない。媚中媚韓を装ったイデオロギー集団、政治結社そのものだ。自分達がそうなってしまっている自覚を持つ事が何よりも先決なのだが。

