2006年09月01日

富田メモについて、利用された側の意見

富田メモ公表で妻「昭和天皇のお人柄伝えたかった」「靖国を論ずるのはやめて」
 昭和天皇が靖国神社のA級戦犯の合(ごう)祀(し)に強い不快感を示されたとされるメモを富田朝彦元宮内庁長官(故人)が書き残していた問題で、富田元長官の妻(81)は産経新聞の取材に応じ、「こんなに大騒ぎになるとは思わなかった。日記やメモを公表したのは、昭和天皇のお人柄を伝えたかったから」と語った。
 妻によると、メモや日記は元長官が平成15年11月に亡くなった後、東京都内の自宅寝室の奥に残されていた。
 「読んだらとてもおもしろく、まるで富田が生きているみたいで…」
 元長官は生前、日記やメモの扱いについて何も言い残していなかった。だが、彼女自身は「いずれ発表できる機会があればいいと考えていた」という。
 その理由については、「陛下は口数が少ないといわれていましたが、実はお話し好きでした。日記やメモには、富田が知らないことを(昭和天皇が)教えてくださったことがつづられていました。いろんな歴史も教えてくださったそうです。ユーモラスな方でもあって、そのお人柄をみなさんにもお伝えしたかった」と説明。次のようなエピソードを紹介した。
 皇居内の御所が新しくなったときのこと。「陛下が『自分の方がいいおうちになってすまないねえ』と、よくおっしゃっていたそうです」
 また、あるときは「富田に陛下から伝言があって『サフランは、蘭ではないんだよ』って。たった、これだけだったそうです」。
 一方、メモには、昭和天皇が靖国神社に合祀されたA級戦犯の松岡洋右元外相らについて具体的な人物批評をされていたことが残されていたが、この点についても「陛下がお亡くなりになる前から、何度もそのようなお話を(元長官に)されていたようです」と話した。
 また、一部で「元長官は日記やメモの公表を望んでいなかったのではないか」と指摘されていることについて、「喜んでないことはないと思います。一冊も本を出さなかった人ですから、一つくらいは出してもいいのかなと思います」。ただ、反響の大きさは予想外だったという。
 「こんな大騒ぎになるとは思わなかった。メモや日記をとらえて靖国を論ずるのはやめてほしい」
 その上で、靖国問題に対する自分の考えとして「国民一人一人が知識を持つべきだと思う。政治家、学者、遺族…。国民みんなで考え、何回も討論し、結論が出せれば」と語った。

 一番の被害者は富田氏の御家族。


posted by あんぽんたん at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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