2006年07月07日

人権抑圧とは、国家によって国民が残酷で不平等に扱われる事

週刊!木村剛 日本は、中国によるウイグル人弾圧を批判できるのか?

 確かに、日本も人権が守られといるとは思えないフシは有ります。しかしそれは残酷でも不平等でもありません。いや、厳密に言えば役人と民間人は不平等ですが、基本的に生命と財産の扱いは平等でしょう。日本の取り調べにおける制限はテクニカルな不備であって、これを人権問題と称して出頭を拒否する犯罪米兵は明らかに法の不備を悪用しています。株の時間外大量取得と同じでしょうか。この不備の例をもって非近代国家であるとするならば、今後も近代国家はアメリカ自身しか存在し得ないのではないかと絶望感すら有ります。左様に、中国で漢族がウィグル族を弾圧している例の延長で語るにはベクトルどころか次元が違うと思われ、読者の誤解が少なくなさそうに思います。中国の法が反国家(反共産党)的活動を押さえ込む姿勢のものである以上、この法自体が人権抑圧の免罪符であるという前提を押さえて読む必要が有りそうです。
 勿論、木村さんの言わんとするのは、その法の不備が狙われて外圧になるのだ、という所なのでしょうから、上記は要らぬお世話ではありましょうが。


posted by あんぽんたん at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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