<施設庁談合事件はどうなった?(その3)>
(前略)
このところの華々しい検察の大活躍は、ことごとく旧大蔵省勢力の手のひらの上での踊りに他ならなかったことがお分かりでしょう。
財務省/金融庁と検察との取引説は、かなり説得力があると思いませんか?
(中略)
なげかわしいのは、マスコミの大勢がこの取引に加わっているかのように見えることです。
実際、私の気がついた限りでは、5月以降、施設庁談合事件が官僚一般や政治家にまで波及しない不可思議さに触れた記事を載せたのは東京新聞だけです。
それどころか、本来マスコミが取り上げない問題を拾い上げるべきネットの世界も、この問題についてはほぼ沈黙しています。
(後略)
六本木ヒルズの経済チンピラ没落祭もやっと一服かと思ったら、今度は幼児殺しチンピラ女の顔ばかり映し出す。攻撃しても反撃しないチンピラはとことん叩き続け、その後ろに隠れた本物の悪には触れるのが怖い自称報道機関の下品さは今や絶頂期だ。こんなものだけを見ていてはバカになるというのはもう常識なんだが、ネットジャーナリズムが一向にジャーナリズムとしての力を持てそうにない。今最も求められているのは真摯なシャーナリストの姿勢だ。今後日本に必要不可欠なのは報道機関ではなく本当のジャーナリストだろう。その為に何が必要なのか。第一には情報の受信者である我々の審美眼であることだけは間違いない。

