2009年12月13日

アメリカに見限られた独裁国家

宮崎正弘の国際ニュース・早読み 
 平成21年(2009年)12月13日(日曜日)貳
(前略)
「寺島実郎が鳩山由紀夫の特使として、訪米したが、米国政府関係者には、一人も会えなかった。それには、米国大使館の提案があった」という記事、見落としていました。その報道が真実であるとすれば、アメリカは鳩山を見限ったということじゃありませんか。
(中略)
Q.貴方の満足するレベルの日本の政治家とは例えば誰なのか教えて頂きたいと思った
(中略)
A.おそらく岸信介が最後の「宰相」と呼んでも良いレベルの政治家、以後は佐藤栄作、池田あたりがまあまあ。中曽根は国政センスは良かったけれど、「わたしの任期中は改憲をいわない」と、最初から政治生命を田中派に売り渡し、自民党中枢に後藤田などのキョクサを入れてしましましたから平林たい子女史が、その昔、青年将校と言われた頃の政治家・中曽根をして、いみじくも比喩したように「カンナ屑より軽い」。
 以後ですか?
 いません。
 政治家が政治屋になり、いまはPTA総会ていどのものですから。
 この政治の閉そく状況に風穴を開けようとすれば中川一郎親子のような悲劇をうみ、安倍晋三政権のように短命で終わり、西村真悟のように議席を失い、あるいは平沼赳夫のように孤立するか、ということになります。
 戦後日米関係の安泰状況に、無自覚的に風穴をあけた、という文脈では小沢鳩山オカダの三馬鹿コンビは日本の政治に珍しい緊張をもたらした。日本人がいま、緊張に陥った、久しぶりに祖国の運命とか、これからの政治のあり方を真剣に考える糸口を、かれらが、まさに無自覚的行為の結果として日米関係にすきま風を入れ日中関係に回天状況をもたらしたという意味で、よくやった、と言えるのは皮肉というほかはないのですが。。。。。
 緊張と危機の連続状況からでしか本物の政治家は育たないのです。明治維新のときの西郷も大久保も木戸も、その後の伊藤も井上もすべては「そのへん」の下級武士から、ある日、政治の本質に目覚め、駆け上ってきて、役目を果たすとさっと消えていった。かれらにあったのは祖国のためには命をすてる覚悟です。
(後略)

 そんな、覚悟を持たない人物の方が当選し易い現選挙制度。まあ、独裁国家完成が目の前ですからねえ。
 同じ独裁国家でもお手本の中共はアメリカと「対等な関係」を実現しましたから、やはり民主党の目指す所はココですか。次のステップは核兵器所持ですね。中共から買いますかね。見返りは軍事転用可能な民間技術の数々でしょうか。見てて御覧なさい。そんなに時間を置かずに、不景気を口実に輸出規制を大幅緩和しますから。

 もう私にはクーデターしか解決策が思い付きません。

posted by あんぽんたん at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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